実家から持ち帰った本たちの一部。母が子供の頃読み、それをわたしも読み…
懐かしい。 小学生の頃買ってもらったミヒャエル・エンデの本も。
モモはまた読みたいなと思っていたところ。
この地球儀も祖父母家から持ち帰りました。古い本棚にずっと置いてあったもので
子供の頃から何気なく眺めていた。
曽祖父の時代からあるものかもしれない。
祖父の部屋にあった夏目漱石の本(改造魔祖父がバラバラに
解体して自己流に製本し直してしまったもの…)や、
祖父の弟(わたしにとっては大叔父)永川玲二の翻訳本たちも
何冊か持ち帰ったので早速置いてみた。
| 祖父母家の縁側にあった本棚。関係ないけど上の額入り似顔絵は父がコスタリカ時代にかかりつけのお医者さんに描いてもらったものらしい。そして写真が切れているけど曽祖父の油絵(静物とキューピーを描いたもの)をなぜ手放してしまったのか…激しく後悔している…あまりのモノの多さで片付けに疲れてしまって全く気が回らなかった…泣) |
大叔父の本たちは実家の電話台の棚に並べてあったので
中学生の頃友達と長電話をしなが背表紙だけは眺めてはいた。
(残念ながらわたしは本好きにはならず………)
でも唯一「嵐が丘」だけは夢中になって読んだ。
その他は難解そうでわたしには無理だなと思ったまま30数年経過。
コロナ中に、ふとしたときに検索してみたら、
他にも翻訳していたたイギリスの小説たちを発見し
(アラン・シリトーやミュリエル・スパークなど)
ちょこちょこ買い集めては読み(読めた…涙)、
(何でもそうだけど、流れの中でたまたま出会う形がいい。
その方が自然に身体に染み込んでいく気がして…)
最近また新たな出会いと発見があり…まだまだつづきます。
(これはまた。)
ダイニングにある本棚から溢れて行き場のなかったレコードたちも入るように設計。バッチリ。
取り外し&移動できるようにした。
このスツールは実家から。幼少期に住んでいたコスタリカの家で
使っていたもので、これには今でも忘れない思い出が。
母が夕飯の支度をしているそばで、4歳頃の私はスツールの中に両足を入れ……
途端に身動きとれなくなってダダダダダダっと椅子ごと後ろ向き走りになり
そのまま椅子ごと転んでしまった。
それが一瞬の出来事過ぎて、母と笑い転げた光景は今でも鮮明に覚えている。
そしてもうひとつ…このスツールはもう一脚あったのだけど
ある日実家へ帰ったら父が半分に脚を切ってしまっていて!!!
危うく喧嘩になりそうになったのをグッと堪えました。。
祖父は何でもかんでも(本当〜に何でもかんでも!!!)
改造してしまう人だったけれど、こんなところまで
そのまま受け継がれ、父も改造魔に。
(親子ってそんなところまで似るものなのでしょうか…)
切ってしまった脚部分は残しているらしいので
いずれくっつけて復活させ…たいと思います!!
…というわけで、 ダラダラとその3まで続いた
「本棚をつくることに」はおわり。
次も早速……わたしの作業スツールがボロボロなので
本当はアンティークとかで見つけたいのだけど
新たに作る(半分以上作ってもらう…)予定!




































